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2007年4月 8日 (日)

龍岡五稜郭桜は蕾み

東京・横浜の桜は葉桜となり,甲州路は満開なのに,佐久盆地の桜は未だ蕾の状態だった。

Cimg1332 八千穂高原から国道299号線を下り,国道141号線の交差点清水町を左折してしばらく走って臼田から十国峠方面に右折する。龍岡城址の桜の様子を見に行った。函館の五稜郭と同様な堀の周囲に植えられている桜は未だ蕾がやっと膨らんだ状態だった。

Cimg1329 龍岡城五稜郭の説明看板に曰く

所在地 佐久市田口3000番地 指定 国指定史跡

信州に一万二千石、三河に四千石の封地を持つ三河奥殿藩の松平氏は、宝永以来百六十年間 三河に本拠地を持ち、佐久には陣屋を置いて、領内二十二か村の統治をつづけてきたが、11代乗謨になって、幕末激動の状勢に応じて信州に居館を移すことを計画し、元治元年(1864)三月着工、慶応三年(1867)竣工、地字名をとって龍王城と称した。用地一万余坪は田野口村より、石材木材などは領内より献納、総費用四万円余りであった。藩主乗謨は学才識見ともにすぐれ、幕府の陸軍奉行、老中格、陸軍総裁などの要職につき明治に入っては、佐野常民と共に、赤十字社の前進である博愛社を創設し、副社長、又、賞勲局総裁など歴任した。築城にあたっては、稜堡式築城法を用い、いわゆる五稜郭が成立した。そしてこれより四年前完成した函館五稜郭祉とともに、わが国城址の中においてただ二つの貴重な洋式城郭で在る。廃藩後明治五年、城はとりこわしとなったが、さいわい濠と石塁、建物の一部大台所を残している。 注 松平乗謨、田口藩最後の藩主で明治初年 大給恒(おぎゅうゆずる)と改姓名

Cimg1331_1 堤に植わっている桜が堀に映る頃が楽しみだ。

Cimg1335高遠町から寄贈されたタカトオコヒガン桜も植えられている。 

龍岡城五稜郭

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